2010年4月19日月曜日

やっぱりいいよ、春!

なんとなーく書かないままいつのまにか半年くらいが経過。ブログって書かない理由なんていくらでも思いつきますな。仕事でいっぱいいろんな文書書いてるから夜家に帰って書くなんて不健康だ、とか。今、自分は独白を必要としていないコンディションなんだ、とか。今はインプットの時期なんだ、とか。ブログ書くよりもっと大事なことがいっぱいあるよ、とか。最後のはたぶんそうなんだろうけどさw。

でも、ひとまずは、ちょろちょろとした小川くらいのノリで復活してみることにした。
理由は、春の気持ちいい風を感じながら歩いていたら、今この瞬間を他の誰かに伝える形でどこかに刻まないなんて、非常にもったいないような気がしたからである。

ところで、最近けっこう感銘を受けたエピソードとして、出張先の田舎の大衆食堂で聞いた職場の上司の話がある。

彼は、高校のときから10年以上アメリカで生活していた人なのだが、30過ぎていよいよふつーに就職でもしようかと思い、アメリカのとある大河を、山で湧水がわき出るところから海にいたるまで旅をしたらしい。最初は雪山でスノーボードをして、山を下ったところの砂漠にスノーボードを埋めて、あとはアメリカで乗っていた車を乗りつぶすかのように海まで向かったそうだ。川幅は少しずつ広がって、まさに
どんどん大河の様相を帯びていった。その過程でいろんな景色を見たらしいが、その時に彼が思ったのは「この世の中にはたしかにパラダイスがある。」ということらしい。それだけ景色はきれいで、彼は解放されていたんだろう。

僕はその話を聞いて、「おれもそのくらいやっておけばよかったですねー。そういうタイミングでしかできないよなぁ。」と言った。そしたら彼は、
「まあそうだけど、仕事だってこの時期にしかできないじゃん。楽しいだろ?どうせ最後はみんな死んでいなくなっちゃうんだから、今しかできないことやっておけばいいんだよー。」との返答。ここに一番スカッとしたのはその時飲んでいたビールがうまかったからだけではない、と思う。

1年1年と過ぎて、年齢を重ねてくると、基本的に人間っていろんな自己防衛とか自己肯定の手管を覚えるわけだけど、おそらく僕が自分の人生に気持ちよくある一貫性を与えられて、周囲の人生を全面的に肯定できるフィロソフィーとしての手管ってここにある。ひとまず、今しかできないような気がするし、やっとくか、やっておけ!ってね。やってもやらなくてもどうせ最後はチャラだしなぁ。

ということで、はやく金曜日になれーっていうだけでなく、少しだけ一日一日をappreciateして、少しだけやる気と勇気を奮い立たせるために、またブログ書いていこうかと思います。

じゃあ、とりあえず今日もミュージック貼っておきますか!

Eddie Bo Check your bucket