2009年10月13日火曜日

Million Dollar Baby

Million Dollar Baby

長い間見よう見ようと思っていて、でも少なくとも僕の近所のTSUTAYAではなぜか全部レンタルされていて、ようやく今日見たこの映画。歴史に残る名画です。僕は今風邪をひいていてどう考えても早く寝るべきなのですが、これを書かずには寝られません。

僕は怖いものが大の苦手なので、怖すぎて最後まで見られなかった「リング」という事例はあったものの、胸が苦しすぎて一時停止しないと最後まで観られなかった映画なんてこれまでなかったんじゃないだろうか。ヒラリー・スワンクが本当に魅力的で、僕なんかはほとんど恋におちかけていました。それだけに、本当に心を縦横無尽にかきむしられたよ、クリントさん。

でも、とにかく観て良かった―って個人的にはほんとに心から思える一本。そして誰かと「この映画やばいよなー」って心からシェアしたくなる一本。ああ、生きよう!!

2009年9月20日日曜日

陰の中のきらめきたち

隠岐・西ノ島にて (September, 2009)

久しぶりの更新は、仕事についての話。

僕は、とてもおおまかに言って、全国で非営利目的で活動している様々な団体を支援する仕事を行っている。「非営利目的で活動している団体」と言っても、各団体には「収益をあげること」以外のある意味無限の目的があるし、形態や規模は本当にさまざまで、いわゆるNPO法人(特定非営利活動法人)以外にも財団、社団、社会福祉法人のみならず、法人格を持っていないボランティア団体までお客さんとしている。そのほとんどは、一般の人が新聞やテレビではほとんど目にすることがない団体だと思う。仕事を始めてから、世の中にはこんなにたくさんのわけのわからない「団体」があるんだなぁとつくづく思う。

わけのわからないというとネガティブな印象を与えてしまうかもしれないけど、決して僕はそういう意味でこの言葉を使ったわけじゃない。形態は違っても、団体って、個人の力を超えた大きなもの(たぶん社会という言葉を使ってよいのだろう)に対して”何か”をしようとする複数の人たちの意志がとった形であるはずだ。その何かとは、毎週月曜日に近所の道路のごみを拾うことかもしれないし、アフリカの子供たちに教育の機会を提供することかもしれないし、絶滅しそうな小魚を守ることかもしれないし、あるいは表面的にはどうであれ、ほんとのところは例えば天下りのポストとか、既得権益を確保することかもしれない。いずれにせよ、社会に何かを与えようとする、あるいは社会から何かを守ろうとする集団的意思が法律に従ってとったそれぞれの形が、”団体”となって社会に表れている。人々が社会との多様なかかわり方を模索してきた結果としての”団体”は、ネーミングセンスの多様さも含めて、個人的には存在自体がけっこうラブリーだと思う。たくさんのわけがわからない団体がいるってことは、それだけ人々の価値のメニューが多様化していて、いろんな利害が複雑に絡み合っていて、社会とのいろんなかかわり方が模索されているっていうことだ。

話がずいぶん脱線したけど、とにかく僕は、会社以外のいろんな団体さんの応援をするという仕事をしている。それは彼らの意思をシェアして、自分たちの代わりに現場に立っている彼らを後方支援するという仕事だ。その仕事には、いろんな団体さんは全国に散らばっているので、東京のオフィスにとどまっていては、実際に彼らが誰で、どんな動機で何をどこでどのくらいの期間でどうやろうとしていて、どんな課題に向き合っているのかがリアルに分からないという問題がある。そこで、簡単なauditの意味も兼ねて、応援している全国の団体さんの活動状況を確認するために現場を訪れるというのが大事な仕事の一部になっている。それに加えて、今後支援していく事業の掘り起こし調査を行うために現場に行く必要もある。仕事を始めて最初の夏、僕はこれまで訪れることのなかった―そして多くの人が、そこにあえて行こうとも思わないだろう―地方のいくつかの小さな町に行く機会を得た。

琵琶湖湖畔では、障害者と健常者の作品を区別なく展示するアート・ギャラリーを訪れた。障害者福祉の先進県であるらしい滋賀県では、長きにわたって粘土造形などを通じて障害者”教育”を行ってきたらしいけど、一方で、「障害者の芸術活動は教育の一環である」という意識を定着化させ、作品自体の価値については見過ごされてきたらしい。何かを表現する欲求は、障害の有無にかかわらず人が持っている自然な衝動であるという認識のもと、障害者の作品も正当に評価されることを目指してこのギャラリーでは障害者と健常者の作品をいっさい区別せず展示をするという先進的取り組みを行っていた。開館から5年が経過したが、障害を持つ日本人アーティストたちの作品はまず海外から評価され、世界に名だたるパリ市内の美術館での展示に向けて関係者が準備を行っているところだった。表現、作品の評価、そして作品の売買といったところで、人々の意識や日本の法制度における障害者の権利の不十分さが浮き彫りになる。芸術と福祉が交差するこの場所では、本当に福祉をフィールドとする人たちと美術関係者が一緒になって夢中で働いていた。

福井県の西側にある小さな町では、湖のしじみを増やす活動をしている方と会った。しじみの水質浄化作用を使って湖をきれいにするために、また、しじみを福井の名産品の一つにするために精力的に活動していた。退職後はじめたこの事業について、奥さんはお金にならないのだからと反対しているらしいけど、おじさんは「ビジネスっちゅうことでやっているけど、どうしてもボランティアばかりになっちゃう。」と笑いながら本当に丁寧に事業について説明してくれた。「もともと話すのは苦手だけど、誰かに自分のしていることについて話す機会がもらえるのはありがたいことだから、できるだけきちんと伝えるように心がけとるんですよ。」と言っていた。おじさんの笑顔には、なんとも言えない突き抜けるような魅力があった。活動拠点は、しじみをはじめ地元の食材を使った料理を提供するカフェスペースになっていて地元の人たちの交流の場になっていた。地元バンドを集めたライブもそこで開かれるんだそう。そこで聞かせてもらったしじみの歌は、上品なポップソングだった。しじみの味噌汁もほんとに美味かった。

隠岐の海士町(あまちょう)は、今とても面白いことになっている。一部をとりあげると、小学生は卒業前に町長に直接町の政策について提案を行い、中学生は東京の若手企業家たちから講義を受け、修学旅行では東大に行って講義をする。島前3島で唯一の高校であり、廃校の危機にひんしている島前高校は、8月「観光甲子園」で参加した全国百数十校の頂点に立った。月給15万が支払われ、1年間を好きに使って「島の宝物」(新たなビジネス・シーズ)を探してもらうという商品開発研修生制度によって島外から若者が入り、定住してコミュニティビジネスを起業する事例も出てきている。そういった一連の先進的な政策は、給料の自主カットによって賃金が全国最低レベルとなった町職員たちによって考案され、動かされてきた。華々しい経歴を持つIターンの人たちだけでなく、地元の人たちも情熱によって突き動かされ仕事をしている島。この島でお話を伺った人たちは、いずれも僕に鮮烈な印象を残した。

こんな感じで、僕はこの夏、日本でもあまりスポットライトの当たらない地域で、さまざまに、でも一様に情熱的に社会とのベターなかかわり方を模索している人たちの顔を見ることができた。彼らと話していると、日本での人生にもたくさんのalternativeがあること、そしてそれだけいろいろなよろこびやうれしさがあることが実感できた。そういうときって、ほんとにスカッとした気分になる。たぶん、今の仕事の一番の醍醐味なんだろう。そういう人たちにもっとスポットライトを当てることが、僕の大事な仕事の一つ。だから、自分が見たこと、聞いたことはいろんな場面で積極的に伝えていきたいと思う。
しじみのおじさんを見習ってさ。

ということで、最後に曲まで貼ってしまおう。おととい久しぶりにLast Waltz見たら、あまりの感動と気持ちよさにぶるぶるでした。

The Band - The Night They Drove Old Dixie Down


2009年8月24日月曜日

秋の足音、でも夏について日記を書いたっけ

夜外を歩くと、風がかなりさわやかになっていることに気づく今日この頃。ときに突き抜けるように心が晴れるけど、気づけばまたなんだか薄めのフィルターがかかったように曇り始めるのがここ数か月の僕の精神状態なんだけど、それはどうやら変わっていない様子。今日はがっつり仕事に集中して上がった時は悪くない気分だったんだけど、夜簿記の学校で授業を受けているときに「あー、おれは今後どうやって生きていけばよいのだ」という気分になった。それはたぶん、先週出張で一回授業をさぼってしまったために、ミニテストが全く解けなかったことにも大きく依存しているんだろうけど。おいおい、いいのかこのスケールの小ささ。

とにかく、僕はときに自分をとらえる閉塞感みたいなものを根っこから取り除く必要を感じている。でもそれには一つ一つ、引き延ばしてきた課題を片づけていくしかないんじゃないかと考えて、今日はずーっと引き延ばしてきた新聞の購読に踏み切った。ひとまず一年は、日経新聞を読むことにした。たぶん自分の勉強のためにはEconomist誌とかを気合い入れて読んだ方が良いんだろうけど、自分には最近付き合いが多いけど共有するものがとっても少ない気がするおじさんたちとコミュニケートするための共通言語を取得する方が重要な気がした。2ヶ月後に後悔していないことを願う。

なんだか上記の話題と矛盾するようでなんだけど、自分で読みたいと思った本を読めていないのもけっこうよくない。入社1年目の僕には課題図書なるものが課されていて、7冊だか8冊だかの本を8月末までに読まなきゃいけなかったんだけど、「別にそれほどつまらないわけでもないけど、そんなにおもしろくねーな」と思いながらだらだらと時間をかけたためにまだ課題図書が片付いていないのだ。読みたいっていう気持ちではなく、必要性に駆られてほそぼそと読んでいる、これも僕の気分を微妙に盛り下げる要因になっている気がするので、課題図書は早々に片づけなければならない。こういうところこそまさに大学院生活で培ったスキミングの要領の発揮しなければだめなところな気がする。

小さな懸念事項をしっかり処理すると、なんだか意外なほどに視界が開けることがあるっていうのは僕が大学院のときに常々感じていたこと。ひさびさの日記が簿記やら日経の購読やら課題図書やらとただ必要性と事務性に彩られたせせこましい内容になってしまったことは懸念に値するけど、それでももっと懸念事項となっていたこのブログの更新ができるってことを前進と捉えて、今夜のおやすみなさいに代えます。

あと、最後にのりぴーについての過剰な報道は控えてほしいです。何か大事なものから僕たちの目をそらしているような気がしてなりません。
おやすみなさい。

2009年7月28日火曜日

Hostessing in Japan

欧米メディアの注意を引くことは、ここ5年くらいで隣国の中国に奪われる形で圧倒的に減っただろうと思われる日本。それでも世界に名だたる日本女子や独特のユース・カルチャーの動向はまだまだネタになるのかな。ということで、今日のNY Timesに掲載された記事。

Young Japanese Women Vie for Once-Scorned Job
NY Times

最近は以前より多様なバックグラウンドを持つ女の子が、ホステス(キャバ嬢)として働くことを希望しているとのこと。驚きのエピソードは、ホステスとして働く女の子のリクルーティング、つまりキャッチが女の子が親と一緒にいる場合でも成功する例が出てきたということ。これまた驚きだけど、女子高校生1154人を対象とした今年の調査で、人気の職業40種の中でホステスは12位になったんだって(公務員18位、ナース22位)。この人気は本物と言ってよいような気がします。

簡単に年収1000万、うまくいけば年収3000万超。同年代の女性派遣社員の10倍に相当するらしい給料は、たしかに魅力的だけど、たぶん女の子をひきつけているのはそれだけじゃない。まずは、なんとなくクリエイティブなイメージ。ホステスあがりの女性がビジネス書やノベルなどを出版してヒットしたり、アクセサリーやファッションブランドを立ち上げたり、衆議院議員になってたり、世間では元ホステスの人たちのいろんな成功例が注目を集めている。たしかに、ホステス業を、自営業的成功への踏み石として考えてお金を稼いだり人脈をつくってる女の子もいると思うけど、イメージ向上はそれだけでは説明がつかないような気が。

そんな風に考えたら、記事に出てくる”independent”って言葉が気になった。ホステスのイメージでクリエイティビティより強く浮かぶのは、たぶん世知に長けたしたたかさだと思う。夜の街を颯爽と歩いて、客の誘いを体よく断って、同僚たちとの微妙な競争関係や友人関係の中で綱渡りで手にするランクや高収入が裏付けるのは彼女たちの確固たる”independence”なのかもしれないなぁって。そのプロセスって、ある種の典型的な「成人の儀式」だし、過酷な労働条件やスケジュール、それと対照的な華やかな衣装や店の内装は儀式をロマンティックに仕立てるのに十分。大人の女とか、独立したいい女への修行として、キャバ嬢を通過することを選ぶ女の子もきっと多いんだろう。

一方で、「ホステスとして高収入を得られるのは若いときの10年くらいだけ」という女子高校生のセリフは、投資銀行への就職を希望していた、とても意欲的な数人の知人を僕に思い出させた。10年ももたないかもしれないけど、10年やる気で死ぬ気でがんばれば、あとは人生好きなことを楽しくやっていける、そんなことを彼ら彼女らは言っていた。そこの人生観はエリートとホステス本気志望の女子高生でほとんど違いがない。厳しくて、世知辛そうな世の中を一気に走りぬけて、突き抜けて、お金やあるいはステータスという自由の切符を手にすること。それはたぶん、何かと閉塞感ただよう今の時代、最もクールなライフスタイルの一つなんだろう。

それにしても、これが記事になるのは、先進国でこんな国がないからなんだろうなぁともつくづく思います。たぶん考えれば考えるほど、僕らの、私たちの世代と社会についてこじつけられそうな良い記事でした。

2009年7月25日土曜日

中国のUnderground Rock


清華大学公共管理学院の同級生、イギリス系スペイン人のCharles Salibaが主宰するレーベルMaybe Marsより中国人ロックバンドの超カッコいい新曲をお届け!

Maybe Marsは、たぶん今北京で最も注目されるインディーレーベルで、Charlesが同じく経営に関わっているD-22というライブハウスは、北京の新たな音楽シーンの発信基地として、欧米メディアではたびたび取り上げられている。

これはCarsick Carsが取り上げられたWall Street Journalの記事。
Rocking Beijing

ちなみに中国経済・金融市場の専門家として有名な北京大学のMichael Pettis教授も、D-22の常連です。なんか北京在住欧米人の文化コミュニティみたいなものがあるんだろうねー。

話を戻すと、留学したときに聞かせてもらったMaybe Mars Labelのいくつかの曲はいずれもサイケデリックなガレージ・ロックで、それらもかなりかっこよかったんだけど、やっぱりインディー的なせせこましさがあったような気がする。一方で、今回のCarsick Carsの完成度は本気で素晴らしい。
日本のアンダーグラウンド・ロックシーン(ってあるのかな?・・・)なんて、1分で黙らせるくらいのクオリティじゃないか。VelvetsとかJesus and Mary Chainみたい!

ちなみに僕は、北京のクラブ・シーンも結構好きです。客のノリが東京よりずっとクレイジーだし、かなり面白い造りになってるものがたくさんあるし。とにかく音楽・クラブシーンを含めて、北京という街には何か面白いことが起きそうな雰囲気がむんむんしてた気がします。
そういう”勢い”みたいなものが、東京にも欲しいなーと思う真夏の昼下がりです。

さあ十分引っ張ったところで、うわさのバンドをどうぞ。
Carsick Cars
"Invisible Love"
http://carsickcars.com/newalbum.html

2009年7月19日日曜日

Rain

Wim Wenders "Rain"

まさに名匠ヴェンダース監督の職人芸。素晴らしかった。

アメリカの地方都市、クリーヴランドを舞台に、三日間降り続ける雨とラジオ局から流されるジャズ・スタンダードの中で6人の人間のそれぞれの人生の一場面が静かに、でも鮮やかに展開される作品。チェーホフの短編をもとにしたらしいけど、それが信じられないくらい、(僕のイメージでの)現代アメリカのものすごくリアルな人間群像が展開されている感じがしました。

作中の6人の主人公は、それぞれが袋小路に陥っていて、延々と降り続く雨の中で悩み、もがいていて、本当に救いがないように思える部分もある。でも、雨がついに上がった朝に、それまでの苦しみや葛藤が彼らを連れ出した地点っていうのは、それほど劇的とはいえなくても、すがすがしくて、なんだか笑いがこみあげてくるくらい人間らしい。

観終わった後に、まさに雨が上がったときに空を見て感じる心のかすかなふるえみたいなものを残す映画です。静かな余韻がとても気持ち良い。こういう映画ってなかなか巡り合えないだろうなー。

2009年7月18日土曜日

夏休みをどう過ごすか

MERCER コラム 422
夏休みをどう過ごすか(40日の使い方)

人事コンサル・マーサーのコラムから、夏休みと時間の使い方の記事。子供のときから、こんなに計画的にものを考えてる子ってやっぱいるんだなぁというのがパッと見の薄っぺらい感想だけど、この辺の意見はある意味腑に落ちるところがある。

ある程度の自由度を持ってまとまった時間を与えられて、その中で優先順位を付けながら、やるべきこととやりたいことをこなしていく。時には自分の決めたスケジュールがきつ過ぎることにストレスを感じたり、あるいは無計画に過ごすなりに最後にどうやって帳尻を合わせるのかで苦労したりする。こうした経験は、時間の使い方に関する自分の癖を自覚したり、自分の性格に適した課題への対処方法を洗練させていったりする機会となるに違いない。


いわゆる青春もののドラマや小説、マンガには、子供の頃の夏休みを想う場面がけっこう多い。というか、いわゆる”大人”はほとんど誰しもが、夏休みに対する憧憬を少なからずもってるんじゃないだろうか。子供にとっての40日間ってほとんど永遠で、普段の学校生活では体験できないようなことができたり、自分が見ることのなかったものを見ることができたりする冒険のひと時。自由とか可能性とか、期待とか、切なさがふんだんに詰まったまさに宝箱のような時間だと思う。だからたぶん、生活が決まったパターンで流れて、休みの過ごし方も予想できて、ちょっと長い休みでも一週間程度で、1か月くらい前からそのくらいの予定なんてすべて埋められてしまう大人にとっては子供の夏休みは、どうしても取り戻せない夢なんだ。

でも、それなら(仕事を長期的に休むなり、辞めたりして)強引に取り戻そうとしたらどうなるんだろう?勤め先によってつくられている生活のリズムから離れてみたらどうなるのか。
誰も宿題を与えてくれない、ラジオ体操の参加みたいな生活のルールもつくってくれない日々は、ほんとのバランスや自信が要求される生活になると思う。僕は大学院に留学する前に1年間、ほんとに留学するのかどうかも確信しきれないような状態でいわゆるフリーターライフを送ったことがあるけど、どうしても「ほんとに留学する」にシフトして、生活を留学につながるいろんな要素で几帳面に埋めていくしかなかった。そしてそれもなかなか辛いプロセスだったと思う。結局、休みはそれなりの長さで終わりが設定されていて、周囲のみんなと一緒で、最低限のやるべき何かがあって・・・というくらい作り込まれた「生活構成のシュミレーションゲーム」くらいにとどまっていたの方が、一番楽しいんだろうなぁ。ずっと休みで行くなんて、そのときはやっぱり怖くて考えられなかったのだ。


それでも、今でも「大人のとてもワイルドな永遠の夏休み」がどこか思いっきり手を伸ばせば届くところにあると信じたいと思っています。きっと正攻法は、専門的な、あるいはクリエイティブな自営業につくことなんだろうな。それでもう遊びだか仕事だか分かんないようにして遊びまくるというw。サラリーマンは結局のところ自分で全体的な、根本的なところを考えなくて良いから楽だし、いろいろテンポ速いし、同じ境遇の人がとても多いから群れやすいし、それはそれで魅力的なところもあるんだけど・・・。この可能性はずっと視界の端っこで探すようにしよう。

ということで小学生、中学生、高校生諸君。
将来、ずっと夏休みを過ごしたかったら、休みのうちもぼーっとしすぎず、有意義な時間を過ごしてください。あるいは、逆にぼーっとしまくって、変な見栄や常識や集団意識はいっさい身につけないでくださいw。宿題だぞ。

ということで最後は、僕が夏休みのはじまりに最も聴きたい一曲!


The Thrills "Santa Cruz"