隠岐・西ノ島にて (September, 2009)
久しぶりの更新は、仕事についての話。
僕は、とてもおおまかに言って、全国で非営利目的で活動している様々な団体を支援する仕事を行っている。「非営利目的で活動している団体」と言っても、各団体には「収益をあげること」以外のある意味無限の目的があるし、形態や規模は本当にさまざまで、いわゆるNPO法人(特定非営利活動法人)以外にも財団、社団、社会福祉法人のみならず、法人格を持っていないボランティア団体までお客さんとしている。そのほとんどは、一般の人が新聞やテレビではほとんど目にすることがない団体だと思う。仕事を始めてから、世の中にはこんなにたくさんのわけのわからない「団体」があるんだなぁとつくづく思う。
わけのわからないというとネガティブな印象を与えてしまうかもしれないけど、決して僕はそういう意味でこの言葉を使ったわけじゃない。形態は違っても、団体って、個人の力を超えた大きなもの(たぶん社会という言葉を使ってよいのだろう)に対して”何か”をしようとする複数の人たちの意志がとった形であるはずだ。その何かとは、毎週月曜日に近所の道路のごみを拾うことかもしれないし、アフリカの子供たちに教育の機会を提供することかもしれないし、絶滅しそうな小魚を守ることかもしれないし、あるいは表面的にはどうであれ、ほんとのところは例えば天下りのポストとか、既得権益を確保することかもしれない。いずれにせよ、社会に何かを与えようとする、あるいは社会から何かを守ろうとする集団的意思が法律に従ってとったそれぞれの形が、”団体”となって社会に表れている。人々が社会との多様なかかわり方を模索してきた結果としての”団体”は、ネーミングセンスの多様さも含めて、個人的には存在自体がけっこうラブリーだと思う。たくさんのわけがわからない団体がいるってことは、それだけ人々の価値のメニューが多様化していて、いろんな利害が複雑に絡み合っていて、社会とのいろんなかかわり方が模索されているっていうことだ。
話がずいぶん脱線したけど、とにかく僕は、会社以外のいろんな団体さんの応援をするという仕事をしている。それは彼らの意思をシェアして、自分たちの代わりに現場に立っている彼らを後方支援するという仕事だ。その仕事には、いろんな団体さんは全国に散らばっているので、東京のオフィスにとどまっていては、実際に彼らが誰で、どんな動機で何をどこでどのくらいの期間でどうやろうとしていて、どんな課題に向き合っているのかがリアルに分からないという問題がある。そこで、簡単なauditの意味も兼ねて、応援している全国の団体さんの活動状況を確認するために現場を訪れるというのが大事な仕事の一部になっている。それに加えて、今後支援していく事業の掘り起こし調査を行うために現場に行く必要もある。仕事を始めて最初の夏、僕はこれまで訪れることのなかった―そして多くの人が、そこにあえて行こうとも思わないだろう―地方のいくつかの小さな町に行く機会を得た。
琵琶湖湖畔では、障害者と健常者の作品を区別なく展示するアート・ギャラリーを訪れた。障害者福祉の先進県であるらしい滋賀県では、長きにわたって粘土造形などを通じて障害者”教育”を行ってきたらしいけど、一方で、「障害者の芸術活動は教育の一環である」という意識を定着化させ、作品自体の価値については見過ごされてきたらしい。何かを表現する欲求は、障害の有無にかかわらず人が持っている自然な衝動であるという認識のもと、障害者の作品も正当に評価されることを目指してこのギャラリーでは障害者と健常者の作品をいっさい区別せず展示をするという先進的取り組みを行っていた。開館から5年が経過したが、障害を持つ日本人アーティストたちの作品はまず海外から評価され、世界に名だたるパリ市内の美術館での展示に向けて関係者が準備を行っているところだった。表現、作品の評価、そして作品の売買といったところで、人々の意識や日本の法制度における障害者の権利の不十分さが浮き彫りになる。芸術と福祉が交差するこの場所では、本当に福祉をフィールドとする人たちと美術関係者が一緒になって夢中で働いていた。
福井県の西側にある小さな町では、湖のしじみを増やす活動をしている方と会った。しじみの水質浄化作用を使って湖をきれいにするために、また、しじみを福井の名産品の一つにするために精力的に活動していた。退職後はじめたこの事業について、奥さんはお金にならないのだからと反対しているらしいけど、おじさんは「ビジネスっちゅうことでやっているけど、どうしてもボランティアばかりになっちゃう。」と笑いながら本当に丁寧に事業について説明してくれた。「もともと話すのは苦手だけど、誰かに自分のしていることについて話す機会がもらえるのはありがたいことだから、できるだけきちんと伝えるように心がけとるんですよ。」と言っていた。おじさんの笑顔には、なんとも言えない突き抜けるような魅力があった。活動拠点は、しじみをはじめ地元の食材を使った料理を提供するカフェスペースになっていて地元の人たちの交流の場になっていた。地元バンドを集めたライブもそこで開かれるんだそう。そこで聞かせてもらったしじみの歌は、上品なポップソングだった。しじみの味噌汁もほんとに美味かった。
隠岐の海士町(あまちょう)は、今とても面白いことになっている。一部をとりあげると、小学生は卒業前に町長に直接町の政策について提案を行い、中学生は東京の若手企業家たちから講義を受け、修学旅行では東大に行って講義をする。島前3島で唯一の高校であり、廃校の危機にひんしている島前高校は、8月「観光甲子園」で参加した全国百数十校の頂点に立った。月給15万が支払われ、1年間を好きに使って「島の宝物」(新たなビジネス・シーズ)を探してもらうという商品開発研修生制度によって島外から若者が入り、定住してコミュニティビジネスを起業する事例も出てきている。そういった一連の先進的な政策は、給料の自主カットによって賃金が全国最低レベルとなった町職員たちによって考案され、動かされてきた。華々しい経歴を持つIターンの人たちだけでなく、地元の人たちも情熱によって突き動かされ仕事をしている島。この島でお話を伺った人たちは、いずれも僕に鮮烈な印象を残した。
こんな感じで、僕はこの夏、日本でもあまりスポットライトの当たらない地域で、さまざまに、でも一様に情熱的に社会とのベターなかかわり方を模索している人たちの顔を見ることができた。彼らと話していると、日本での人生にもたくさんのalternativeがあること、そしてそれだけいろいろなよろこびやうれしさがあることが実感できた。そういうときって、ほんとにスカッとした気分になる。たぶん、今の仕事の一番の醍醐味なんだろう。そういう人たちにもっとスポットライトを当てることが、僕の大事な仕事の一つ。だから、自分が見たこと、聞いたことはいろんな場面で積極的に伝えていきたいと思う。
しじみのおじさんを見習ってさ。
ということで、最後に曲まで貼ってしまおう。おととい久しぶりにLast Waltz見たら、あまりの感動と気持ちよさにぶるぶるでした。
The Band - The Night They Drove Old Dixie Down
アメリカに来て変わったこと。プリングルス、チョコレートの消費量の増大。
返信削除アメリカに来る前。大学卒業後ボランティアとバイトで1年間を過ごす。
職歴無しでプロフェッショナルスクールに入学。
全部一緒です!!
ご迷惑でなければ、これから度々質問させていただいてもよろしいでしょうか?メールも一応送りました。
Ryotaさん>
返信削除コメントありがとうございます!
最近ブログから少し足が遠ざかっていて、あまりチェックできていなかったのでレスポンスが遅くなってしまい申し訳ありません。
本当に似たような経緯で留学されていますね。
僕の以前のブログを読んでいただいたんでしょうか?
僕に答えられることならお答したいと思っていますが、以前のブログにリンクさせていたメールアドレスはしばらく使わなかったのでログインできなくなっています。
お手数ですが、ご連絡は以下のメールアドレスにいただければと思います。
toruaoki8782アットジーメイルドットコム
宜しくお願いします。