昨日久しぶりに友達と会って、ウェブから情報を得ることの有用性とか、ブログっていうメディアの可能性についての話になった。僕の兄も含めて身の回りには「一人暮らし・ネットなし」の人もいるし、もちろん個人が求める情報の量や種類は、その人のプライベートな興味関心だけじゃなくて仕事の内容にも大きく左右されるわけだから、そういう環境でやっていける人たちもいるし、いなくちゃおかしいっていうのはよく分かるんだけど。少なくとも僕は確実に、絶対に無理ですw。
一方で、僕は4月から社会人になるのに、そして相当なジェネラリストであることを求められる仕事につくのに、新聞を購読することに迷っている。
だって新聞を買わずとも、新しい情報は常にネットで見られるわけだし、いくつかの無料のニュースpodcastを購読して、毎朝ダウンロードして通勤すれば、満員電車で変な体勢で新聞を開こうとしなくてもいいし、歩きながら、自転車に乗りながらだって情報を入れられるわけで。それに英語のpodcastだったら、リスニング能力を維持することにもつながるし。そういう形で情報を取り入れ続けることによる”予期せぬ結果”は今のところそこらへんの学者さん達に憂慮してもらって、むしろ実験台になってやろうぐらいの気持ちでいるんだけど、どうなんだろう。
たぶん、新聞購読の長所で切実なのは心理的な部分だと思う。一つに自律の問題。新聞に毎月4000円近く払えば、無料のウェブサイトよりはきちんと読もうっていう気分になるかもしれない(たとえ、それがミクロ経済学における典型的な”非合理な意志決定”だとしても)。自律のために4000円を払えるかどうか-たぶん、高給でプライベートの時間がとても少ない仕事に就く人は払えるだろう、でも僕の場合はどうなんだろう。二つ目に、紙で来る新聞の方が読みやすいかどうか。僕は一般的にはPCの画面上でものを読むよりは紙媒体を読むほうが好きだけど、新聞に関してはそうは言えない。だって紙の方が圧倒的に文字は小さくなるし、記事が密集していて雑然とした印象を受けるから。一方で、それなりのお給料がもらえて、紙形式の新聞が好きな人は購読する方向になりそうだけど。たぶん環境のことを考えたらオンラインで読んだ方がいいですよね?もちろんPCにだってけっこうな量の電気代がかかるわけだけど、木を切ってパルプを作る必要はなくなるし。
ちなみに僕はウェブでも紙形式の新聞でも同じ情報を得ることができると仮定して上記のような話をしています。欧米ではNY TimesやWall Street Journalをはじめとして、すべての記事をオンラインで無料でアクセス可能にする方向に動いてきたけど、日本の新聞は僕が知る限りでは制限を設け続けていると思います。例えば、僕が興味のある日経の「経済教室」だってウェブにはアップされていないし。だから購読者にしかアクセスできない記事に読む価値があるかってところも現状では重要な判断基準になりそうですね。
いずれにせよ月々4000円っていうのは、ハードカバーの本がだいたい二冊買えるお金です。それに、このblogの左側のボックスにリンクを張っているように、僕が興味のあるアメリカや中国、世界の政治・経済について情報を仕入れるにはかなり有用な、専門家によるブログがたくさんあるわけです。新聞を購読するってことは、そしてそれを読むってことは、僕が他のソースにあたる時間を割くってことになるわけで、それも僕に新聞購読を思いとどまらせようとしている要因の一つです。
問題なのはたぶん、日本語による政治・経済についてのブログがアメリカのそれと比べて目立たないっていうことなんでしょう。でも、こちらによくまとめられているように、日本語でも相当な数のブログがあるみたい。未だにそれらの多くが匿名の筆者によって書かれているっていうことは、ブログ自体の知名度が上がればそれほど問題ではなくなるのかなぁって思っています。
たぶん、どこからどういう情報を得ていくかで、たとえば30年後の自分の知識の量とか、世界観みたいなものってだいぶ違ってくるんだろう。もちろん、仕事から得る知識、仕事のためになる知識というのもほんとに大事だと思うし、今後はそれを押さえた上で、情報の”耐久性”みたいなものを意識して、バランスよく時事の解説本や、教科書や、理論書に時間を使っていきたいなーって思っています。それ以外に小説を読んだりする時間も欲しいわけなんだけど。
上記のようないろいろなことを考慮すると、newsをとりいれる源としての、特に紙の「新聞」は、少なくとも僕の中では、相対的にそれほど重要ではなさそうだということになってしまいそうです。




