2009年3月22日日曜日

ドリアン・グレイの肖像

ドリアン・グレイの肖像 オスカー・ワイルド 新潮文庫

毎晩寝る前に読んでいたこちらの小説も昨日電車の中で読了。僕が持っている、新潮文庫の旧版の帯にはでかでかとこうあります。

「耽美で退廃的な世界を美しく描く一大交響曲

あの絵が俺に自分の美しさを愛せよと教えてくれた―――。」

僕は基本的に本にカバーをかけたりはしないのですが(自分が読んでるものを隠す、あるいは本の表紙を汚れないようにする必要なんてどこにある!紙の無駄だ!)、電車の中でこの帯の文を周囲に見せながら読むことは少しだけ気がひけました。実際そうしましたがw。

物語の大筋は、純真な心を持つ美少年がある時快楽主義者に感化され、すべての罪と時間の流れを一枚の自画像に負わせて、その若さと見た目の純真さ、美しさを保ちながら悪徳に溺れていく様を描いたもの。最終的に主人公はその自画像にナイフを突き刺すことになるわけなんだけど、解説にもあるように、本当にたったそれだけの単純なストーリー、シンプルな寓話。でも、これも解説にあるように、ちりばめられた人生の警句が本当に面白い。いくつか取り出してみよう。

「思想の価値は、それを表現する人物の誠実さとはなんのつながりもない、むしろ、その人物が誠実さを欠けば欠くほど、思想の知性度は純粋となる。というのも、その場合、思想が、個人の願望、欲求、偏見といったもので彩られる心配がないからだ。」

「ものごとを外観によって判断できぬような人間こそ浅薄なのだ。この世の真の神秘は可視的なもののうちに存しているのだ。」

「青春をとり戻したいのなら、過去の愚行を繰りかえすにかぎる・・・とりかえしがつかなくなった時はじめて、後悔の種にならないものはただひとつ、自分のあやまちだけであることに思い至るのです。」

わはは。すごいw。

それにしても、以前ドストエフスキーの「悪霊」を読んだときにも切々と感じたことだけど、人間が他者に対して美しい、醜いって思う感覚は本当に理不尽だなーと思いました。その人の美醜はその人の善悪とはまったく関係のないことで、あるいはそれ以上に重要なものかもしれなくて、もしかしたら一番魅力的な人物は美しい極悪人っていうことになっちゃうかもしれないから。それに、「若さ」や「青春の賞味期限」みたいなものについてもよくよく考えさせられました。この辺はあまりにパーソナルなのでここに語るのはやめておきますw。

というわけで最後に、ワイルドに影響を受けたという伝説の人の映像を。久々にこの曲を聞いたら、あまりの美しさにしびれました。

The Smiths "William, it was really nothing"

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