2009年2月27日金曜日

ベトナムの悲願

ハノイの夜 (February 15, 2009)

上の写真はハノイの中心部、ホアンキエム瑚近くの広場で撮ったもの。この写真にも、ベトナムの長年の悲願の達成が表れているw!

朝日新聞: ベトナム長年の悲願、交通事故死が激減 ヘルメット効果


旅行中、タイからカンボジア、そしてベトナムへ移動して僕らがとても気になったこと、それはベトナムに入国したとたんに、バイクのヘルメット着用者の割合が急増したことだった。ベトナムより豊かなタイではバンコクやその他都市の一定地域内でのヘルメット着用は義務付けられているらしいのだけど、そんなにヘルメットつけてるイメージはなかったなぁ。他の二国に比べて圧倒的に貧しいカンボジアではほとんどの人がノーヘル。こんな状態では、東南アジアでは交通事故死が日本に比べてかなり多いんだろうなぁとなんとなく思っていたんだけど。やっぱりベトナムは他国に比べてきちんと対策を打ち出しているってことだったんだ。それにしても、ヘルメットを着用していなかった理由が「暑い」「髪型が崩れる」っていうのも、気持ちは理解できつつも日本人目線から見たら少し滑稽な気が。この辺の心理について「ヘルメット着用の社会学」みたいな感じで、経済学的、社会学的な研究がされたら面白いかもしれないw。

ちなみに、警察庁の統計
によれば日本における2007年中の交通事故死者数は5,155人。しかもここ10年くらいは毎年減少傾向にあるようです。一方のベトナムではその”悲願を達成した”昨年08年の交通事故死者数が11,243人(一昨年より1557人減)とのこと。ベトナムの人口が日本の約2/3程度であることを考えると、日本と比べてしまえばまだまだ交通事故による死者の比率が高い国っていうことになってしまう。

それならば日本ってそもそも交通事故死が少ないのかなぁと思ってググってみたらこんなデータが出てきた。

交通事故の国際比較

これにはベトナムが載っていないのが残念だけど、説明にはこうある。

交通事故死亡率を見ると、日本は、事故率とは異なって、世界的に見ても非常に低い死亡率となっている。韓国、米国などは日本の2倍の死亡率となっている。もっとも、日本もかつては現在の2倍以上の交通事故死者数だったので、その当時は、現在の韓国、米国と同等の水準の死亡率であった(図録6820参照)。

 交通事故死亡率も全体的には途上国で高く先進国で低い。アラブ首長国連邦やサウジアラビアといった産油国で交通事故死亡率が高いのは、ガソリン代が安く、経済発展度の割に自動車交通が普及しているからであろう。逆に、道路の発達に制約があるフィリピン(群島)や人口の割に道路の少ない香港では、人口当たりの死亡率は低くなっている。

ふむふむ。やっぱり経済発展っていうのは交通事故死数に関わる重要な要因なんですね。一方で、先進国であるアメリカや韓国において事故死亡率がとても高いのが気になります。経済発展はそれだけで交通事故死の減少を約束するわけじゃないってこと。それにガソリン代が安い国で事故死亡率が高いっていうのも面白い要因。去年は上半期にオイルが史上空前の価格まで上がったわけで、ベトナムの交通事故死減少にも、ガソリン価格の高騰が一役買っている可能性があるんじゃないかな。

ベトナムでは、今後も経済発展に伴って、二輪から自動車への乗り換え、公共交通機関の整備、道路やその他交通環境の整備、医療機関の充実など、交通事故死が減っていくポジティブな要素が多い気がするけど、一方で違反の罰則規定を厳しくすることや交通安全教育なども重要だってことを今回の事例は示唆してると思います。僕も最近おじいちゃんに耳タコで言われたし、交通事故には気をつけようっと。

2009年2月26日木曜日

気になった記事をいくつか

インドシナへの旅行中に、僕が所属していた二つの大学院のlistservから嵐のように世界の経済危機に関連する記事が送られてきており、それを一つ一つきちんと読むこともすでにきっぱりと諦めた僕は、最近経済危機に関する記事を読むのをあえて一時的に止めようかなーって思っていたくらいです。ほんとにいろいろ大変な(ように少なくとも僕の目には見える)ことが起こりすぎているし、あらゆる議論もさかんになっているし、それらを理解するのに必要な僕の基礎知識も明らかに足りていないので、これは一つ現在起こっていることの解説本と、経済学の教科書を読みなおさないとまずいのではないかと考えたわけです。実際今もそうしようと思っているんだけど、何せ「経済」なんていうラベルをこのブログにつくってしまったことによる使命感もいちおうあるので、最近気になった記事を少しだけ貼り付けておきたいと思います。

アメリカで高まる中国バッシングの話の流れがとても分かりやすくまとめられています。要点をまとめると以下。
・中国が(部分的には通貨操作によって)安い製品を輸出したことは、途上国の低所得な消費者の日用品の購買力を上昇させるという”良い”側面を持っていた。
・中国とその他アジアの国の高い貯蓄率は確かに世界の利子率を下げ、アメリカの住宅バブルの形成に間接的な責任を持つが、銀行の過剰な借り入れと貸出、アメリカ政府によるサブプライム・ローンの奨励の方がはるかに責任が重い。それらこそが今回の危機の本当の容疑者だ。
・過去10年にわたる中国バッシングは1980年代の日本バッシングを思い起こさせる。日本の圧倒的な対アメリカ貿易黒字、大規模な米国債の蓄積、そしてアメリカにおける資産の購入は、アメリカを傷つけることはなく、日本政府や日本のビジネスに逆に跳ね返ることになった。今回の件に関しても、最終的には似たような結論が導きだされるのではないか。

基本的には中国バッシングに対する警鐘的な内容なのに、最後の部分がかなり不吉w。以前からMichael Pettis氏あたりが指摘しているけど、過去の国際的な経済危機においてより甚大な被害をこうむったのは赤字ではなく経常収支黒字の国、つまり基本的には国内の消費に対して生産が大きく、ショックによる調整のために貯蓄を消費へシフトしなければならない国だったということもあるし、結果的には今回の危機で中国の方がアメリカより大きな被害をこうむるのではないかと示唆しているようにも見えます。今のところ中国経済のデータは予測されていたよりも良いくらいらしいけど、少なくともより小規模な黒字国のAsian tigersはすでにひどいことになってますね。日本も。

僕はこういうタイトルをつけられると読みたくなってしまう性質ですw。ちょっと古いものだけど、Harvard KSGのRodrik教授によるかなり巨視的かつちょっと抽象的な危機後へのガイドライン。Capitalism 3.0とつけたのはなぜかというと、どうやら20世紀初期のアダム・スミス的な、政府が市場を機能させるために最小限の介入をするシステムを1.0、そしてRodrikによると1970年代まではうまく機能していたというケインズ的な、世界的にGDPにおける政府支出の割合が圧倒的に高まった状態-福祉国家システムを2.0としているからみたい。基本的には一国単位でうまく機能することを意識して作られたCapitalism 2.0は1980年代以降、世界経済の結合によってほころびていった。現在の経済危機は、2.0が今の世界においてうまく機能しないことを証明している、らしい。
ここで上の記事で扱われていた中国の件がまた出てきて面白いんだけど、Rodrikはこう言っています。

When Chinese-style capitalism met American-style capitalism, with few safety valves in place, it gave rise to an explosive mix. There were no protective mechanisms to prevent a global liquidity glut from developing, and then, in combination with US regulatory failings, from producing a spectacular housing boom and crash. Nor were there any international roadblocks to prevent the crisis from spreading from its epicentre.

中国型の資本主義とアメリカ型の資本主義が出会うことによって、ほとんど安全弁がない状態で「爆発性混合物」が生じた、と。言葉は違えどBeckerと同じこと言ってます。このあたりはすでに著名な経済学者にかなり広く共有されている認識なのかも。結局、Capitalism 3.0っていうのは、世界規模で市場とそれを支え(規制する)機構のより良いバランスを改めて模索していく上で生まれるGlobal governanceの形ってことなんだと思います。その必要性を認識して世界各国がきちんと協議していこうってことかな。

行動ファイナンスの権威、YaleのBob Shiller教授による記事。
アメリカでは、危機に際して人々が1929年から始まった大恐慌について関心を持ち、語り始めている。Shillerは大恐慌に人々の注意が向けられることは現在の状況を考えれば合理的だけど、大恐慌を語ること自体が現在の危機の原因なのだと指摘しています。なぜなら、語ることによって大恐慌が人々の将来に対する期待のモデルとなり、ケインズの言うところのanimal spirits―人々の消費意欲や企業による雇用、ビジネス拡大の意欲―を削いでしまうから。こういう心理学的要素が入ってくる話も僕の好みですw。
面白いところは以下のところ。

The popular response to vivid accounts of past depressions is partly psychological, but it has a rational base. We have to look at past episodes because economic theory, lacking the physical constants of the hard sciences, has never offered a complete account of the mechanics of depressions.
(過去の不況の鮮明な描写に対する大衆の反応は部分的には心理的なものだけど、合理的な根拠も持っている。なぜなら、経済学の理論は自然科学が持っている普遍性を欠いており、不況の構造・力学について完璧な説明がされたことなどないから、過去の事例にさかのぼらなければならないからだ。)

この前友達と似たようなことを話していて、「なら不況について話さなければいいじゃん!」みたいなことを言われてどぎまぎしてたんだけど、こう答えればよいわけですね。Shillerによれば、1929年からの大恐慌が取りざたされたのは1981-82年のときも同じで、87年のブラックマンデーのときにもいくらかの注目を集めたとか。さらには、その1929年の大恐慌のときには、それ以前の不況-1870年代と1890年代のもの-が取り沙汰されたらしい。記憶、記録が人々の期待形成に関わって、新たな不況が生まれる。「歴史は繰り返す」っていうのは、大衆による心理的な自己実現のプロセスのことを言ってるのかもしれないですね。

経済危機と一言で言っても、特定の会社の破たん・救済や人々の心理を扱ったShillerの記事のようなミクロなものから、上記Beckerの記事のような二国間関係について扱ったもの、Rodrikのような今後のGlobal governanceについて歴史の流れの中で模索しようとするものなどマクロなものがあって、その切り口や語られ方は本当に多様で膨大。だからこそ途方にくれるんだけど、ニュースを読んでいて本当に面白い時期でもあると思う。昨今のニュースを読みながら、人って社会って世界ってほんとにおもしろいなぁって感じている僕はあまりにも浮世離れしていて、不謹慎なのかもしれないけど。少なくとも、僕の本やその他情報に対するAnimal Spiritは失われていませんw。なるほど、だから出版やメディアは不況に強いと言われているのか!

2009年2月24日火曜日

祖父とのドライブ

今朝、母方のおじいちゃんに誘われて、おじいちゃんのトラックでドライブに行った。こんなことは初めてのことだった。たぶん、僕が本当に小さかったときを除いては。

僕は、親が共働きしていた関係で、本当に小さかったある時期に毎朝母に連れられておじいちゃんの家に預けられ、夕方また仕事帰りに母が迎えに来るまでそこの家で過ごすという生活を送った。おじいちゃんの家は川の土手のすぐ下にあったので、土手でおじいちゃんのジープにそりをくくりつけてそり遊びをしたり、近くの駄菓子屋に買い物に行ったりした。もう少し大きくなって、おじいちゃんの家に預けられることがなくなっても、たびたびおじいちゃん家を訪れては同じ土手でキャッチボールをしたり、川で釣りをしたりした。たまにパチンコに行ったりもした。僕が小学校低学年のときにおばあちゃんがなくなってから数年後、おじいちゃんは再婚し、新居を設けて引っ越しをしてしまったのでもう土手を見ることはなくなった。だけど、僕は大きな川や土手を見るたびに、おじいちゃんと遊んだときのことばかり思い出す。

おじいちゃんは昨年がんの手術を受けたけど、早期発見だったし経過も良いので、定年をとっくにすぎた今も二人目の若い奥さんとその子(僕のおじさんにあたる高校生)を養うために元気に働いている。今は自動車機械の技術工。その前は廃棄物処理場で働いていた。高速道路の料金所で働いていたこともあった。若いころは長距離トラックの運転手をやったり、おばあちゃんと行商のようなものをしていたらしい。そのおかげで、僕のお母さんはほとんど親の顔を見ることなく、僕のひいおばあちゃんに育てられたらしいのだけど。とにかくおじいちゃんは持前の体力と手先の器用さ、そして周囲とのつてや情報を頼りに生きてきた人で、僕にとっては僕が知らない時代をたくましく生きてきた人の象徴のように映る。そして、僕みたいにそれなりにぬくぬくと育ってきた孫に対する大きな期待を感じる。社会的地位がそれなりに高く、安定した仕事について欲しいっていう願いを強く感じる。「酒には気をつけろ」とか、「運転するときにスピードなんか出すもんじゃない」とか、そういうありふれた警句も、おじいちゃんから発せられるときには、僕にとって特別な響きを持つのだ。僕は明らかに、おじいちゃんが生涯をかけて積み上げてきた”土手”の上で、見晴らしの良い風景を与えられて安全に育てられたのだから。

「ここは少しなだらか過ぎてそりが滑らなかったから、もう少し向こうの急なところに行ったんだよ。覚えてるかい?」

今日おじいちゃんと僕が土手を訪れたとき、そんな風におじいちゃんは言った。僕は

「あれって俺がいくつのころ?5歳くらいかな。」

って答えた。もう20年のまえのことだった。20年も前のことを語れるような歳になっちゃったんだよと言って、僕は笑った。土手には新しい橋ができていた上に、もう一本さらに新しいものが並行して建設中になっていた。おじいちゃんいわく、何度も増水して水があふれかえりそうになった川のほとりには、水害対策用のおおがかりな施設ができ、ヘリポートまで建設中らしかった。僕にとっては、はじめて訪れた場所のように見えた。

おじいちゃんが勤める工場にも行った。おじいちゃんが自分の持ち場へ挨拶に行ったときに、工場長が

「孫かい?アメリカから帰ってきたんだね。おじいちゃんは本当によくやってくれていて感謝している。正社員にしてやりたいくらいなんだ。」

と人の良さそうな笑顔を浮かべながら言ってきて、なんだか誇らしく思った。おじいちゃんはあとで、「工場はここ数か月全く製品が売れずに倉庫が在庫でいっぱいだ。おじいちゃんみたいな高齢の非正規職員は切りたくてしょうがないのだろうけど、社長の人が良すぎて切れないんだよ。」と言っていた。このあたりの小さな産業は本当に追い込まれているらしかった。200人いたある大手下請けの製作所の従業員が今は23人になっている。温泉やレストランを経営して手広くやっていた内装業者が最近倒産した。同じ工場で30年まじめに勤めていたおじいちゃんの友人もこの前突然解雇された。最悪の時だと思うけど、それもまだあと1年くらいじゃ収まらない、5年くらいで上向くかどうかも怪しい、というのがおじいちゃんの見解。「まだ家のローンがあと1年あるのにな。」っておじいちゃんは言った。

一緒におじいちゃんの行きつけのすし屋でお寿司を食べた後、帰り際に僕が友達の結婚パーティのことを楽しみにしていることを話してから、ふと尋ねてみた。

「やっぱり俺には早く結婚して欲しいもんなの?」

「うん、まあそうだな。」

と、おじいちゃんはなんだかぼそぼそと答えた。ひとまず、「そこについてはあまり期待しないでよ」と笑いながら言うしかなかったけどw。うーむ。

たぶん、これまでも、そして今後も、僕が自分の道を考えようとするとき、それが僕だけのものであるってことはないんだろうな。血がつながっている人だけじゃなくて、僕らはあらゆる人とのつながりとの中で、期待とか愛情とか、ときには嫉妬とか、ときにはそれらのものから逃げようとする欲求からかもしれないけど、いずれにせよ、たぶん人のつながりの総体として決断して生きてく。僕はこれから、以前大学進学のときにそうしたように、おじいちゃんの期待をまた裏切ることになるかも分からないけど。でも、浅はかな考えなのかもしれないけど少なくとも今は、自分が前向きでいられてわくわくし続けていられることが、僕のつながりに対する一番の誠意の表明だと思っています。

Bright Eyes "We are nowhere and it's now"

2009年2月22日日曜日

その者、青き衣を纏いて・・・

タ・プロームにて (February 7, 2009)


風の谷のナウシカ

Wikipediaによると、前回触れたプラネテスは、マンガとテレビアニメで星雲賞のコミック部門、メディア部門の二部門を受賞したそうなんだけど、同賞をダブル受賞した作品が以前もう一つあったらしい。それが、風の谷のナウシカです。

実は東南アジアを旅行中、アンコール遺跡群の中にあるタ・プロームに立ち寄ったときから、どうしてもこのマンガをもう一度読みたいっていう衝動が収まらなかったので、帰国後に一気に全巻読みました。なんでそういう衝動が起こったのかというと、それは単純にタ・プロームが人々に忘れ去られ自然によって喰われた非常に美しい廃墟で、なんだかそれがナウシカの作品世界―文明が腐海という名の森によって飲みこまれていく黄昏の世界―を想起させたからだと思います。そして読了後、再び得た感想。

これこそが、僕の人生の中で出会った最高のマンガだ!!!

もちろん、マンガとひとくくりにしたっていろんなテーマや方向性があるし、そういう意味ではそりゃあ「ピューと吹くジャガー」だって僕は心から好きだし、それに僕はそれほどたくさんマンガを読んでいるっていうわけでもないんだけどw。でも、これほど広大で深遠なテーマと作品世界を持ち、幅広い層にストレートに訴える力をもったマンガは他に存在しないのではないかと、ほとんど確信しています。(でも、なんか面白いマンガがあったらほんと教えてくださいw。)

とここまで書いて、僕があまり内容についてネタばれ的に語るのはよくない気もしてきたので、僕の心に響いたナウシカの言葉をメモしておくだけにしますw。

精神の偉大さは苦悩の深さによって決まるんです・・・生命はどんなに小さくとも外なる宇宙を内なる宇宙に持つのです。

その人たちはなぜ気づかなかったのだろう 清浄と汚濁こそ生命だということに。苦しみや悲劇やおろかさは清浄な世界でもなくなりはしない。それは人間の一部だから・・・だからこそ苦界にあっても喜びかがやきもまたあるのに。


いのちは闇の中のまたたく光だ!!

うわー、やばい。ナウシカも、今回のエントリーからにじみ出る僕のオタク性もw。

宇宙が閉ざされる?

Debris in space -Flying Blind
The Economist

今週のEconomist誌にスペース・デブリ(space debris)の話が載っていた。人が進出したところにはどこにでもゴミが残ってしまうもの。記事によれば、地球の周りを回る10cm以上の物体約18,000個の中で、活動している人工衛星は900しかない。残りは大きく言ってゴミ、つまりデブリということになる。デブリは宇宙におけるミサイル実験や人口衛星の衝突や意図的な破壊、あるいは宇宙飛行士が落し物をすることによって増える。そしてデブリが増えれば増えるほど、各々の衝突の危険が増す―それによって比例級数的にデブリが増えてしまうってことになる。1970年代にはすでにNASAのサイエンティストがこのデブリの衝突の連鎖によって一時的に地球の周囲がごみで埋め尽くされ、何世代にもわたって周回軌道が使用不可能になってしまう危険性を指摘していたとのこと。

Economist誌はこの記事の副題を、the tragidy of the commons meets the final fronteerとしている。Tragidy of commons(コモンズの悲劇)っていうのは誰もがアクセスできる「共有地」が適切な規制やルールなしには自然に荒らされてしまうことを意味する用語。
参加者が宇宙(共有地)に自由にゴミを投棄して世界全体にコストを負わせてしまうデブリ問題はまさに典型的な事例でそれが宇宙っていう最後のフロンティアに到達したっていうことですね。記事では、デブリ問題対策として、人口衛星を打ち上げる主体に事故による被害をカバーする保険を買わせることを提案している。つまり、究極的にはデブリを回収するコストをあらかじめカバーさせるってことになるのかな。

僕がこの記事になぜ興味をもったかというと、実はコモンズの悲劇などはけっこうどうでも良くてw、記事が僕の好きなマンガ、プラネテスで描かれている問題をそのまま扱っているからです。時代は2070年代、主人公はスペース・デブリの回収業者で働くサラリーマン...。今から60年後、その設定は現実になるかもしれないですね。そのときには太陽系の資源開発が活発で、そして木星探査なんかもあったりして・・・。

あー、長生きしてみたいw。

2009年2月19日木曜日

風に、夕日に、笑顔に恋して

アンコールワットにて (February 7, 2009)

15日間のインドシナ半島の旅行から帰ってきました。予定ではラオスまで回れるはずだったのですが、僕の考えていたスケジュールにミスがあり、時間がかなり限られていたので今回はタイ、カンボジア、ベトナムの3国だけを回りました。それでもスケジュールはかなりきつきつ。陸路での移動、国境越えはやっぱり予想以上に時間がかかる。まず、日本とは道路が違う。舗装がされていなかったカンボジアの田舎だけじゃなく、かなりの経済発展を経験しているベトナムのアスファルトの道でさえ、日本のようにスムーズではなく、バスは僕が椅子からすべりおちるほど揺れた。ベトナムの山間部には、山を貫くトンネルもほとんどなければ、平地では高速道路もほとんど整備されていません。最近、経済危機の対策としての社会資本の整備が世界的に物議をかもしているけど、少なくとも途上国においては道路、水道、電気などのインフラ整備は間違いなく大きく長期的にリターンを得ることができる投資だし、リアルに必要なものなんだってつくづく実感。

学生という身分を活かして僕は近年それなりに旅行をしてきた。去年の夏には、ワシントンDCから南部の各都市を回ってサンフランシスコまで横断旅行、秋には就職活動のためのボストン訪問、もっと最近では先月、中国での学期末にチベット旅行などをしていて、それらもとても強い印象を残した良い旅行だったんだけど、今回の旅行もそれらに匹敵するくらい最高の旅行でした。同行した友人たちにまず感謝です。

何が良いかって、やっぱりまずは南国の空気と風。バンコクに降り立ったその日からずっと、毎日汗で身体をびっしょりさせて、それをトゥクトゥクに乗りながら、ホテルのファンに当たりながら乾かした。僕はそもそもそのあたりの国を旅行した経験はインドネシアくらいしかなかったし、それも夏のことだったので、真冬の東京から離れてこんな体験ができることに本当の贅沢を感じたのです。ものすごく新陳代謝が上がった気がしますw。

そして活気に満ちた常夏の国々の夕日はやっぱり本当に美しかった。道路を走るたくさんのバイク、街の喧噪、南国の木々、河、海、具体的にそれらの内の何がそうさせているのかはわからないけど、インドシナの街には夕日がなんだかとても似合う気がした。一日が終わり、少しだけ涼しい空気があたりを満たして、街が華やぎ出す瞬間。その日の夜にも、明日にも自然にわくわくしてくる情景でした。日本の夏も待ち遠しいです。

そして、街で、買い物中に、あるいは移動中に何気なく目があった人たちの素直な笑顔にも本当に心動かされました。もちろん外国人に集ろうっていう魂胆がある人たちもいるわけですがw。でも、それが何の表現であれ、誰かと目が合って、微笑むなんていうことは、東京においてはほとんど絶滅しているコミュニケーションの方法なんじゃないかな。せめて自分は誰かに微笑みかけられるような心の状態でいられるようにしようって、本当に思いました。

今回訪れた3国についても、今後は本やニュースを通じて少しずつ知識を増やしていきたいと思っています。ひとまず、次の旅行先は、今回行けなかったタイの田舎とラオスにほぼ決定!貯金しなくちゃ。

2009年2月4日水曜日

一区切り

「新しく立ち上げたばかりだし、ひまだし!」と思ってブログを毎日更新してきましたが、どうやら明日以降しばらく更新が滞りそうな感じです。この春休みは仕事を始める前の最後の長期休暇なので、それを最大限に活かすために今日の午後から15日間旅行に行ってきます。インドシナ半島の付け根の部分を小さく反時計まわりに一周するような形で、タイ、カンボジア、ベトナム、ラオスを見てきます。

ココログからgoogleのBloggerに移って思うのは、たぶんBloggerは上級者向けなんだろうな~っていうことです。ココログの方がいろいろな機能がきちんとパッケージになっていて、ブログレイアウトなんかもかわいいやつがたくさんあるし、よく整備されている印象です。一方Bloggerは、勝手にやってくれっていう雰囲気がむんむんです。HTMLなんかもよく分からないし、とにかく全体にウェブデザインの知識が乏しい僕なんかは確実にココログを使っていくべきだったと思いますw。昨日も他のウェブサイトでアクセスカウンターを作ってアップするのに1時間かかりましたw。すべてが勉強ですね。

話がそれたけど、とにかく行ってきます!
その前にこれから歯医者なんだけど・・・。いくつになっても歯の治療って痛い。

2009年2月3日火曜日

アメリカ-中国に対して・・・

前々回のエントリーで触れた、現在の経済危機と世界の経常収支不均衡のリンク、そして中国の為替介入をあたかも危機の犯人と言っているかのような議論について。あのまま書きっぱなしだと誤解があるような気がしたし、Financial Timesのブログから補足の記事をいくつか。


まずとっても基本的なこと。オバマ新政権の財務長官Tim Geithnerが中国の為替レジームに直接言及したこと、そしてその後発展していった中国とアメリカの非難の応酬は、場合によってはアメリカと中国という今世界で最も重要な二国間関係を傷つけるかもしれない、かなり敏感なものだってこと。僕が前学期授業を受けたHu Angang教授も中国の為替政策について生徒から質問されると、いつも日本の事例-プラザ合意後の急速な円高が長期景気停滞につながったこと-に触れて、中国はアメリカのプレッシャーには屈せずに徐々に人民元を強くしていくというコメントを繰り返していました。

Wolfの言葉でいえば"The sensitivity is understandably extreme."ってことです。Wolfは最後にこの議論のエスカレーションによって輸入課徴金のような保護政策がとられるリスクは現実的に存在すると言っているし、アメリカも中国もクールダウンすることが切に求められているわけです。

そしてこの辺がポイント。

As I remarked in yesterday’s blog, domestic demand, rather than the exchange rate, is the real issue. The implication of my analysis, as I indicated yesterday, is that domestic demand needs to grow by at least 12 per cent a year in real terms.

A further implication is that, in current circumstances, it makes far more sense for China to have a target for the growth of domestic demand than for growth of GDP. This is an essential shift in policymaking.

Wolfは為替レートではなく、真の問題は(為替レートに影響する)国内需要だと言っています。さらに、中国はGDP成長ではなく、国内需要の成長をターゲットにする抜本的な政策立案方針の転換を行うことが賢明だと。Wolfは中国の”不正な為替レート操作”については本当のことだと信じているし、今回の危機の原因の一つに世界のマクロ経済的状況(米中を中心とする経常収支不均衡)があったと信じているからこそこう主張しているわけなんだけど。さらにこの主張は結果的に人民元が対ドルで上昇する政策を求めているわけだけど、中国の為替介入を直接糾弾するより、政治的にも安全で、本質的で、中国にとっても現実的な提言になっているように思われます。

さらに踏み込んでいるのがこれ。


Prasadも同様、すでに危機に陥っている世界経済は、アメリカと中国という主要二国の貿易摩擦を受けとめる力はないと述べていて、いかにこの問題が敏感で重要な問題であるかを強調している。そしてアメリカと中国が双方に利益になる「取引」をするよう提案しています。取引内容を簡単にまとめると以下。

1.金融政策と財政政策をフルに用いて、短期的に国内需要を増加するように双方が明確にコミットする
2.中国は為替レジームを市場の力によって変動するように以前より柔軟にする。一方でアメリカは景気が回復し次第、財政赤字を削減していくためのプランを策定、明示する。
3.アメリカは中国にIMFにおける投票権の拡大や、金融安定化フォーラム(基本的にはG7)への参加を認める。

特に3が特徴的です。実際、中国は既存の国際機関でさらなる影響力を発揮していくことに以前から意欲を示しているし、国際機関を今の世界のパワーバランスに即したものに変えていくっていう意味でも、かなり有意義な取引だと思います。(ちなみにPrasadはIMFの元中国部門局長です。納得。)

話は変わるけど、こういった提言がイギリスのメディアを通じて発信されるっていうこと自体かなり興味深いです。この手の超一流の専門家によるブログがウェブサイトに敷設されているってあたりも、日本の新聞各紙とは全く違う気がするし。今回の金融危機の対応としての主要銀行の一部国有化の動きについても、イギリスの中央銀行が先鞭を切って、アメリカや大陸ヨーロッパが追随するっていう形になってるし。FTやEconomistなどのメディアと、Oxford, Cambridge, LSEなどのハイレベルな教育研究機関が持つ世界の議論をリードする力は、さすが七つの海を制した国だなぁ、と思います。日本も、中国がCCTVの英語放送を世界中に拡大してるみたいに、英語メディアを持ってこういう問題にたいして積極的な提言をしていくっていうことが必要なんじゃないかな。せっかく”失われた10年”の経験もあるわけで。

でも、新聞各紙には、まずは日本語で、僕らの政治や経済、金融、社会についてのリテラシーを向上させるようなウェブサイトを充実してほしいと本気で思っています。

2009年2月2日月曜日

戦いの果てに


アメフト好きの友人に感化されて、暇人の僕は今朝8時からSuperbowlを観戦。僕は普段はアメフトは(というかTV自体を)全く見ないんだけど、友人の熱心な説明を聞いたあとでは、なぜか非常に熱が入り、初優勝を目指していたCardinalsをTVの前で叫びながら応援していました。

写真は試合終了2分50秒前くらい。それまでずーっと劣勢に立たされていたCardinalsがスター・レシーバーのFitzgeraldと共に一気に息を吹き返し、初めてSteelersからリードを奪った場面です。感動のあまり叫びましたw。その後試合はさらに一転し、終わったときには、ものすごく悔しい気持ちもあったけど、ほんとにアメリカにおける最大のスポーツの祭典にふさわしい白熱のゲーム内容だったと思います。

オリンピック競技を去年少し見た時もそうだったんだけど、最近なぜか涙抜きにはスポーツ観戦できません。Cardinalsが良いプレーをするたびに、涙ぐんでいる自分に唖然w。日々の練習とか、本番の緊張の克服とかそういうものを以前よりもappreciateしていて、想像するようになってきてるんだと思います。これってなんだかサラリーマン的メンタリティに近づいている証拠な気がするけど。

そして、試合が終わったあとにはCardinalsのWarnerやFitzgeraldにこう言ってやりたい気分でした。
「少なくともあなたたちは地球の反対側で朝8時から昼までずっとテレビを見ているような一人の若者を勇気づけたのだ」と。「悔しいけどこれから共にはいあがろう」、とw。

つい先日までSuperbowlの時期だっていうことも忘れていた僕ですら、ここまで心動かされるのです。スポーツってやっぱり美しい!

2009年2月1日日曜日

犯人はお前だ!

Washington Post Op-Ed, What OPEC teaches China

前回のエントリーの図を思い出しながら読むとかなり興味深い。なんせMallabyはこう断言しているのだ。

"Geithner is correct that China manipulates its currency. What's more, this manipulation is arguably the most important cause of the financial crisis. "

中国の為替介入こそが、金融危機の最も重要な原因だと。それなら、10分間のスライドで説明されていた規制の失敗や、Fedの過度な金融緩和は原因とは言えないのか?
Mallabyはこう説明している。

・米国の規制の失敗について
失敗は存在した。だけどそれは、長い間存在したものだ。mortgage bubbleがありえない水準まで膨らんだのは2005年から2007年。中国が、世界に割安な資本を溢れさせた時期だ。それに規制の失敗は一つだけじゃなかった。SECはBear Sternsのようなブローカー・ディーラーのリスクをチェックできなかった。米国の保険監督機関は、AIGの崩壊を防ぐことができなかった。Fedは銀行がtoxic securitiesに資本を注入しながら、それをバランスシートに載せていないことを見抜くことができなかった。一方で欧州の監督当局も似たようなものだ。彼らは最新の資本基準を採用していたのにも関わらずだ。つまり、教訓は、割安な資本の洪水に直面したときには、どんな規制を持ってしてもバブルを防ぐことなんてできないっていうことだ。

・アメリカの過剰なローン需要について
もしアメリカの飽くことを知らないローンへの欲求が中国の資本のアメリカへの流入を説明するのなら、私たちはその証拠としてそのようなローン価格の向上(つまり債権市場における利率の向上)を見ていたはずだ。しかし、00年代中ごろ、債権の利率は非常に低かった。これは、融資の”需要”ではなく”供給”が増えたことを示す強い証拠だ。中国マネーがアメリカに洪水のように押し寄せたのは、アメリカ人によるプル要因のせいではなく、中国におけるプッシュ要因のおかげなのだ。

・Fedの過剰な金融緩和について
Fedの金融緩和は本当に過剰だった。だけどより高い利子率を採用していれば、危機を防止できたかは疑わしい。中国が一度資本を輸出するということを決めたなら、資本は世界のどこかに行かなければならないからだ。アメリカの利子率がもし高かったならば、それは世界の預金者たちにより多くの資本をアメリカに持ち込むことを促していた可能性さえある。

最終的に、Mallabyは「中国は過失を言い逃れすることはできない」とまで言っちゃっています。ものすごくprovocativeな記事。僕が中国政府だったら、Washington Postにはアクセスを禁止したくなるかもw。前回の民主化の記事と併せて。

Mallabyは、The Economistにて記者としてのキャリアをスタートして、Washington Postの編集委員にまで上り詰めた生粋の経済ジャーナリストみたいです。現在はCouncil on Foreign AffairsでGeoeconomic Studiesの部門に入っているみたいなので、同様に現在の金融危機と世界の経常収支不均衡のリンクを以前から示唆していたBrad Setserの同僚みたいです。
この経歴と、この発言にかなり納得。

経済危機の原因



Jeff Frankel's Weblog
より


2年ごとにHarvard Kennedy Schoolでは議会に入る”新入生”を対象に3日間のブリーフィングを行うらしい。今回のテーマは当然のごとく「経済危機」。そして、金融危機とrecessionの原因を10分間で誰にでも分かるように説明しようとして、”講師”の一人Frankelが作成した図がこれ。

ここでは中国をはじめとする経常収支黒字の国が果たした役割なんかは盛り込まれてないですね。図をひとまわりふたまわり大きくしたら入ってくるって感じなのかな。
それにしてもやっぱり複雑・・・。特にCDS, CDO, MBSとか。
その10分の説明を聞きたいです。その前に何冊か本を読めって話だけど。