僕は、親が共働きしていた関係で、本当に小さかったある時期に毎朝母に連れられておじいちゃんの家に預けられ、夕方また仕事帰りに母が迎えに来るまでそこの家で過ごすという生活を送った。おじいちゃんの家は川の土手のすぐ下にあったので、土手でおじいちゃんのジープにそりをくくりつけてそり遊びをしたり、近くの駄菓子屋に買い物に行ったりした。もう少し大きくなって、おじいちゃんの家に預けられることがなくなっても、たびたびおじいちゃん家を訪れては同じ土手でキャッチボールをしたり、川で釣りをしたりした。たまにパチンコに行ったりもした。僕が小学校低学年のときにおばあちゃんがなくなってから数年後、おじいちゃんは再婚し、新居を設けて引っ越しをしてしまったのでもう土手を見ることはなくなった。だけど、僕は大きな川や土手を見るたびに、おじいちゃんと遊んだときのことばかり思い出す。
おじいちゃんは昨年がんの手術を受けたけど、早期発見だったし経過も良いので、定年をとっくにすぎた今も二人目の若い奥さんとその子(僕のおじさんにあたる高校生)を養うために元気に働いている。今は自動車機械の技術工。その前は廃棄物処理場で働いていた。高速道路の料金所で働いていたこともあった。若いころは長距離トラックの運転手をやったり、おばあちゃんと行商のようなものをしていたらしい。そのおかげで、僕のお母さんはほとんど親の顔を見ることなく、僕のひいおばあちゃんに育てられたらしいのだけど。とにかくおじいちゃんは持前の体力と手先の器用さ、そして周囲とのつてや情報を頼りに生きてきた人で、僕にとっては僕が知らない時代をたくましく生きてきた人の象徴のように映る。そして、僕みたいにそれなりにぬくぬくと育ってきた孫に対する大きな期待を感じる。社会的地位がそれなりに高く、安定した仕事について欲しいっていう願いを強く感じる。「酒には気をつけろ」とか、「運転するときにスピードなんか出すもんじゃない」とか、そういうありふれた警句も、おじいちゃんから発せられるときには、僕にとって特別な響きを持つのだ。僕は明らかに、おじいちゃんが生涯をかけて積み上げてきた”土手”の上で、見晴らしの良い風景を与えられて安全に育てられたのだから。
「ここは少しなだらか過ぎてそりが滑らなかったから、もう少し向こうの急なところに行ったんだよ。覚えてるかい?」
今日おじいちゃんと僕が土手を訪れたとき、そんな風におじいちゃんは言った。僕は
「あれって俺がいくつのころ?5歳くらいかな。」
って答えた。もう20年のまえのことだった。20年も前のことを語れるような歳になっちゃったんだよと言って、僕は笑った。土手には新しい橋ができていた上に、もう一本さらに新しいものが並行して建設中になっていた。おじいちゃんいわく、何度も増水して水があふれかえりそうになった川のほとりには、水害対策用のおおがかりな施設ができ、ヘリポートまで建設中らしかった。僕にとっては、はじめて訪れた場所のように見えた。
おじいちゃんが勤める工場にも行った。おじいちゃんが自分の持ち場へ挨拶に行ったときに、工場長が
「孫かい?アメリカから帰ってきたんだね。おじいちゃんは本当によくやってくれていて感謝している。正社員にしてやりたいくらいなんだ。」
と人の良さそうな笑顔を浮かべながら言ってきて、なんだか誇らしく思った。おじいちゃんはあとで、「工場はここ数か月全く製品が売れずに倉庫が在庫でいっぱいだ。おじいちゃんみたいな高齢の非正規職員は切りたくてしょうがないのだろうけど、社長の人が良すぎて切れないんだよ。」と言っていた。このあたりの小さな産業は本当に追い込まれているらしかった。200人いたある大手下請けの製作所の従業員が今は23人になっている。温泉やレストランを経営して手広くやっていた内装業者が最近倒産した。同じ工場で30年まじめに勤めていたおじいちゃんの友人もこの前突然解雇された。最悪の時だと思うけど、それもまだあと1年くらいじゃ収まらない、5年くらいで上向くかどうかも怪しい、というのがおじいちゃんの見解。「まだ家のローンがあと1年あるのにな。」っておじいちゃんは言った。
一緒におじいちゃんの行きつけのすし屋でお寿司を食べた後、帰り際に僕が友達の結婚パーティのことを楽しみにしていることを話してから、ふと尋ねてみた。
「やっぱり俺には早く結婚して欲しいもんなの?」
「うん、まあそうだな。」
と、おじいちゃんはなんだかぼそぼそと答えた。ひとまず、「そこについてはあまり期待しないでよ」と笑いながら言うしかなかったけどw。うーむ。
たぶん、これまでも、そして今後も、僕が自分の道を考えようとするとき、それが僕だけのものであるってことはないんだろうな。血がつながっている人だけじゃなくて、僕らはあらゆる人とのつながりとの中で、期待とか愛情とか、ときには嫉妬とか、ときにはそれらのものから逃げようとする欲求からかもしれないけど、いずれにせよ、たぶん人のつながりの総体として決断して生きてく。僕はこれから、以前大学進学のときにそうしたように、おじいちゃんの期待をまた裏切ることになるかも分からないけど。でも、浅はかな考えなのかもしれないけど少なくとも今は、自分が前向きでいられてわくわくし続けていられることが、僕のつながりに対する一番の誠意の表明だと思っています。
Bright Eyes "We are nowhere and it's now"
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